談論風発

2009年9月19日 (土)

S先生語録(89才) Ⅸ

  抗生物質の無い時代の鼻の治療

   ドクダミの葉から作った軟膏を中鼻道に塗って

  おくと、副鼻腔炎などの患者さんに喜ばれた。

  新聞の広告紙などのに包んで、囲炉裏の灰の中に

  置いておくと、うまい具合にグジュグジュの

  軟膏様になると。

   興味深い昔話が楽しいですが、また新奇なものへの

  ご興味も尽きない様子で、勉強会を楽しく

  してくれています。

2009年7月15日 (水)

S先生語録(89才) Ⅷ

  中国、韓国で狗肉の食用から、猫肉の話に移り、
  裏日本、日本海側に位置する旧制N高校では、寮祭で
 猫鍋をやっていた。近所の猫を大量に捕獲してきて、
 その皮をはぎ、一部は焼き猫にして食していた由。
 「猫の祟り」という迷信に旧制高校生達は
 果敢に挑戦していたようです。

  (朱砂)の話から、水銀の話になり、水銀計の利尿剤は
 よく効いた。最近はどうなっているのか?
 水銀系の殺菌剤、マーキョロも見あたらなくなった。
    
  7%重曹水とは、始めパイロットのめまい対策で
 開発された。それがメイロンとして現在も頻用されている。

    目眩、耳鳴りは同根。

     人類の数は20億位が良い。現在は生態系を崩すくらいに
  人口過多になっている。植物、他の動物などの生態系を
  破壊している。この人類の横暴をなんとしかしなくては。

     昔は、大体に女性は早めに結婚して20才前後で初産を
  終えていたので、産科医が妊娠・分娩で苦労することはなかった。
  ある時、先輩筋にあたる産婦人科の医師が、28才の初産婦の
  担当になったと、憤慨していたとか。

    まぁ20才に比べ色々問題が生じやすいため
  敬遠したかったのでしょう。

      ところで、お隣の席に座ってたので、そのお体を善く善くみるに、
  89才なのに、顔には老人特有のシミがありません。
  手、腕のお肌も艶々していました。

   

2009年5月 9日 (土)

正真正銘の83歳で Ⅲ

  久しぶりにCさんが現れました。定期的にお薬を

 お出ししていますので、月に1回は来診されています。

 またまた元気節で、健康創りというか、ご自分の

 フィットネスでの進捗ぶりをご披露されています。

 見学希望があれば、見せてあげるようなこともおっしゃり、

 更にメートルが揚がってらっしゃいます。身体的に

 落ち込んでいる70才前後の方を引率して

 教育見学などをやると良いかも知れません。

正真正銘の83歳で心肺能力が(2008.10.26)

正真正銘の83歳で Ⅱ(2009.02.14)

80歳前半 (2009.02.21)

素晴らしい85才を逞しく迎える(2009.04.28)

3割強化(2009.05.02)

80才前で元気倍増(2009.05.08)

2009年4月11日 (土)

S先生語録(89才) Ⅶ

 ”鼻血も出ない”ヤツ、江戸の下町ことばで

 軽蔑の言い回しになるとの事です。

 従って、「鼻血が出るのはまともな証拠」であると、

 鼻血で診療に来る患者さんを安心させているとの事です。

 自然に生じた、瀉血のようなもので放って置いても

 自然に止まると。

 しかし、直してやらないと、医者としての体面の

 問題があるので、治療して返すのだと。

 雲南白薬を応用しているとの事でした。

 :

 cf. 雲南白薬、中国三大名薬の一つです。

 田七;七葉一枝花、丹参などからなる様ですが、

 その組成には秘密の部分があります。

2009年1月10日 (土)

S先生語録(88才) Ⅵ

 

  S先生語録

  あと、1週間で89才とのことでした。

 「年取って、引きこもると駄目になる」とのお言葉でした。

 なお元気で、診療活動と趣味の能、また漢方の  

 研究・学習と衰えを知らないバイタリティ-で

 元気な90才に向けて邁進中です。

 杖も不要、姿勢も悪く無し、敏捷でスピードのある動きを

 楽しんでいらっしゃいます。

2008年12月13日 (土)

S先生語録(88才) Ⅴ

本夕も生薬研究会でご一緒しました。

① 戦前・戦時中の満州、半島の西洋医学教育について。
 ソウルに開設されていた京城帝国大学に医学部があり、
 満州には満州医科大学(私学)があったと。
  日本列島の北に在った北海道帝国大学、
 半島の京城帝国大学医学部、台湾の台北帝国大学は、
 行政上、外地の高等教育機関としての扱いであった由。
  満鉄の経営する、満州医科大学は各が高く、
 内地の医学校(金沢・岡山・長崎・熊本など)と
 同じ扱いになっていたと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E5%9F%8E%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6

(京城帝国大学 Wikiより)

http://ambitious.lib.hokudai.ac.jp/hoppodb/gaichi/doc/0E032546000000.html

(北海道大学附属図書館DBより)

http://www.cmu.edu.cn/jpn/index.htm

(中国医科大学のHP)

 ② 厚生労働省(厚生省)の薬務局は昔から伏魔殿だと。
      ところで、良い薬がドンドン消えている。

   薬品会社が儲かる薬を大事にして良くても儲からない薬は
  医療の現場から引退させる、公的に廃棄するような 
  ふざけた薬剤行政をしているのか? 

2008年11月10日 (月)

S先生語録(88才) Ⅳ

      S先生語録
   
           11月の生薬の勉強会にて、久しぶりに
          S先生の謦咳に接することが出来ました。
         
           風邪などで声がでない時に、瀉血をして
          治す話から、S先生語る。
           声が出ないのは、声帯が動かなくなるからで、
          反回神経麻痺などが主因になる。胸部大動脈瘤などで
          よく見かける。
           ようは声帯が動くようになり、開閉動作が
          戻れば聲が戻る。声帯が開いたままだと、
          声は出ない。

         
           とやらで、瀉血の話になり、先生、若い頃、
          京城の帝国大学医学部のO外科の
          某講師の下に、数日間転がりこんで、
          その特殊治療を見せてもらった事があるとのことでした。
            この講師先生、手術も非常に上手く、また経絡などにも
          詳しく、診察室、お部屋に、古い経絡の絵図を
           飾ってあった由。
           若いS先生に、瀉血の効果を嫌というほど
          見せつけたようです。目の前で、半身不随の患者さんの
          腕から瀉血して、見事に不随の腕の動きが
          回復する様を見せてもらったとの事でした。
         
           学生に試験前に瀉血をしてやると
          試験の成績が良くなるとの治験例も語っていた
          ようです。
         
           また、ロビンフッド(12世紀後半に,
          ノッティンガムシャーのシャーウッドの森を根拠地にして
          活躍した義賊)の小説の中に数回にわたって、
          瀉血の話が出てくるとの話も受け賜ったとのことです。
         
            昭和初期の良導絡の始まりの話まで出ました。

     ところで、現行の制度では瀉血行為は外科手術の

     一種とされ、医師しか出来ないことになっています。

2008年10月26日 (日)

正真正銘の83歳で心肺能力が

ところで、一人、正真正銘の83歳で

身体造りに凝っている方がいます。

聲は大きいし、バイタリティーに満ちあふれて

いらっしゃいます。

       To be continued

 膝の痛みに長く悩まれた方ですが、当初は

水泳をやっていました。最近は

室内の機械をつかったトレーニングに

凝っています。

 最近、そのメニューをみせて貰いました。

    ヒップレイズ・片足踏み台昇降・レッグカール

スクワット・サイドランジ・ローロー・レッグレイズ

ツイスト・クランチ・ダブルクランチ etc

 特別、個人トレーニングを頼んで、週に2回は

創って貰ったメニーを熟しているとの事です。

楽しくて堪らないという感じで話をされます。

 ランニングマシーンを使ってのトレーニングですが、

ご自分の脈拍数を見ながら、運動量を加減できる様子を

教えてくれました。脈拍100位を限度にして

それ以上は(脈)が早くならないように、運動負荷を

調整するとのことでした。

 数週間やっている内に、脈拍の上がりに

時間が掛かってくる。心肺能力が

強化されている様子がよく分かるという事でした。

 83歳(女性です)万歳でした。

2008年10月24日 (金)

Mme U Ⅲ

Mme U  Ⅱ(2008.10.22)

スキーを始め、スポーツに目覚めた

20歳後半から、山登り、レガッタ、

とにかく、色々なスポーツを嗜んだようです。

病弱な学童、少女期を過ごされたせいか、

元気になった成人期には、身体を動かす

楽しみに取り憑かれたかの如く、

ありとあらゆるものに挑戦して、

それを愉しまれたようです。

また女学生時代には本郷の

名画座に通って当時のフランス映画などを

よく見ていた由。

当時、絶頂期にあった華の欧州文化に

触れる機会を持ったようです。それが、

フランス語やその後の人生設計に非常に

強い影響を与えたようです。

ところで、その当時は映画館など不良の

行くところと世間的にきめつけられおり、

若い女性の映画館通いは

親戚始め周りの顰蹙を買っていたようです。

 しかし、明治生まれながら進歩的な御母堂が

徹底的に庇ってくれたとのことでした。

 正確なお年ですが、大正でなくて、

昭和一桁生まれかもしれません。

大正末から昭和の初めの生まれという事で。

 ところで、一人、正真正銘の83歳で

身体造りに凝っている方がいます。

聲は大きいし、バイタリティーに満ちあふれて

いらっしゃいます。

       To be continued

2008年9月13日 (土)

S先生語録(88才)Ⅲ

 昭和17年頃、戦時中に満州、中国を

旅されたようで、その時は、現地の食堂など、お店の緑色の

ものは羊肉を扱う店、赤い色の店は豚肉を扱う店と

はっきりと遠目にも見分けができるようになっていた。

北は餃子(炙ったもの、水に浸したも)が目だち、

南に行くと焼売・雲呑が多く、北と南は餃子文化圏

焼売・雲呑文化圏と食文化でもはっきり分かれていた。

 その餃子がいつの間にか日本の内に入ってきて、

ギョウザと呼ばれて食されるようになった。

誰がおかしな発音にしたのか。 

子の発音はZiではないか!!

シナソバは昔、戦前からあったそうです。

支那「しな」という表現は、孫文が言い始めた表現ではないか!!

ヨーロッパではChinaの表現をとっており、地域の表現として

使われるものであった。それに変わる邦語での表現は無い。

昔、税金の8割は軍事費に使われ、2割が

衛生、交通、郵便など民政に使われて、それで

なんとかやって行けた。 それを考えると、今の官僚は

たるみがひどい。税金の無駄使い、天下り先と組んで

着服まがいの悪いことばかししている。

 

2008年8月30日 (土)

S先生語録(88才) Ⅱ 

   
           綱島の生薬の勉強会にて、久しぶりにS先生にお会いしました。
         
 ① 若い時、原爆の被害地、長崎に派遣されて
米軍が進駐して来る前の3週間をそこに滞在して、被害者の収容された小学校などで、
治療に当たっていた。どこが悪いか分からない内に、死亡に
いたるケースが多く、増える一方の死体を校庭の片隅で油をかけて燃やしていた。その名前や身分など全く不明で、照合の仕様もなかった。
 海軍基地に備蓄されていた、本土決戦用の多量の医薬品、衛生材料が放出されたので非常に良かった。

  ② 医師の手術などで問題が生じた時に、逮捕の命令を出した検察・警察連中を
逆に逮捕してしまえ。鬼手仏心で医師が治療に当たる態度が分かっていない。
手術をする側は仏心で手術・治療をやっているのだ。
   まるで亜熱帯かの様なスコールが降る、今日の天気も変だが、世の中もオカしくなってしまった。

   ③ 大小便垂れ流しで病人を長く生かす医療はなんとかならないのか?
医療行政の問題だ。   最近も10数年も尸(シカバネ)状態が続いた、知り合いの
歯科医師がいたが、こんな馬鹿馬鹿しいことはない。

2008年3月23日 (日)

S先生語録 ( 88才?)

  

    月1回の生薬の勉強会でお会いする、S先生。

    当年で80才後半(88才くらい?)、なお意気軒昂で、

ご自分の専門の西洋医学に加えて漢方の勉強に燃えられています。

      抗生物質のない時代から臨床に携わっているので、

     非常に興味深い知見や、また90年近い人生を

生き抜いてきた、人生のベテランの社会観などを披露してくれます。

    ① 丹毒の話になると、抗生物質など無い昔は西洋医学治療としては、

     沃度チンキを塗るくらいだったなど。

    しかし、その診断法は非常に参考になるポイントを教えてくれます。

    とにかく「鮮紅色の皮疹と正常部位が際だって鮮明に分かれる」。

   

             魚腥草、ドクダミなど、昔からご自分の臨床に取り入れられます。

     その新鮮な生のドクダミを潰し、液汁をとり、鼻腔内の排膿孔に

     塗りつけて、副鼻腔炎の症状を軽減させていた。

    ③ 水道水でまともに飲めるものは日本ぐらいだろう。

      今の若い日本人は外国の水を買うなど馬鹿な事をしている。

      欧州など、子供が画く河の色は茶色ことが多い。日本では

     子供の絵の河の色はあくまで青い。

     

     あちらでは水が悪いから、消毒に煮沸法をすると、灰汁が出たりして

     消毒にならない。それで乾熱滅菌法が発達したのだろう。

    ④ ガンとは仲良くつきあえば良い。

     60才台でガンになったら、痛みが出ないようにし、食欲を維持して

    仕事を継続できる状態を維持できるようにすること。それを

    40年維持すれば良し。70才台でガンになったら、同じように

    30年を生き抜けば良い。なにも闘う必要はない。『上手く付き合おう

ことである』

⑤ 気管切開刀

  昔の日本の陸軍では、戦場で負傷して呼吸困難を呈した兵士の

 

のど仏にこれを刺して延命を図ったと。

 

海軍では何故かこれを採用しなかった。

        ドイツ語単語を交えてのお話に興味が尽きません。