豊田白詩先生 (北里研究所付属東洋医学研究所)
『十四経絡発揮』、『診家枢要』の滑伯仁の紹介は、豊田白詩先生から
だったと思います。
私が鍼灸の研修を始めたころ(80年代前半)に、週に1,2回、白金台に
見えていました。上京してから5,6年は、その丘の上にある研究所の
病院に草鞋を脱いでお世話になり、若手医師として臨床、研究に
従事していました。上司にとっては扱い難い若手だったと思います。
ところで、北里の東医研の、その頃の部長は岡部素明先生で、
初代の部長は、ご尊父、素道先生でした。素明先生の後は
三重四日市に居る、安井先生がドイツから帰国した後、部長職について
いました。
いわゆる、昭和の鍼灸復興で非常に大きな役割を果たした経絡治療学会派の
方々が主体の鍼灸研究室でした。
その鍼灸の方法は、切皮のレベルで針を止め、それ以上は深く刺さない、
独特の方法でした。六部定位診に基づいて、厳密に取穴して気血の調整を
するものでしたが、それで五臓六腑の微妙な調整を上手く出来るのですから、
素晴らしいものでした。
ところで、この豊田先生から鍼灸の神髄をチラリと覗かしてもらった
経験があります。ある朝、私の脈と顔つきを診て、前腕の一箇所に
針を刺入してくれました。ものの数分で、なんとなくソワソワ感が
とれて落ち着いた、快適な方向に見事に気を動かしてもらった
経験があります。使用したのは、心包経だったと思います、
奇穴のようなことを仰っていました。
ところで、この豊田先生の師匠が丸山昌朗(まさお)先生で、
昭和医学専門学校卒の西洋医ですが、臨床は鍼灸と漢方に
徹していたようです。
現日本東洋医学会会長の石野先生もこの丸山昌朗(まさお)先生の
お弟子さんで、数々の優秀なお弟子さんを輩出しています。

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